人間不信
ここ最近、立て続けに人間の汚い面を見てきて疲れた。
人間なんて皆、裏では何を考えているか分からないバケモノとしか思えない。
今は信頼してる人でも、いつ気が変わるのか、裏切られるのか、もしくはハナからずっと騙され続けているのか…そんなことばかり考えてしまう。
もともと狭い人間関係がますます狭くなって、最後には一人になるのかな?
しんど。
大阪サイコー!大阪LOVE!な人は読まないでね
私は生まれてから一度も、紀伊半島より外で暮らしたことがない。大阪出身の両親のもとで、19歳まではずっと奈良の田舎に住んでいた。のんびりしていたが、本当に何もなくてつまらない田舎暮らしだった。大学生の時に初めて家を出て、京都市内で一人暮らしをした。古いものと新しいものとが上手く溶け合って、美しく整えられた京都の街並みは大好きだった。卒業後は就職先が大阪だったので、ずっと大阪市内で暮らしている。
もう10年近く大阪に住んで改めて感じたのが、私は本当に大阪が嫌いということ。私自身はほぼ大阪人でありながら、大阪の気質が全く合わない。
まず、なんといっても騒がしすぎる。人がごった返す都会であっても、東京や名古屋では耳障りなほどうるさいと感じたことは無い。カフェだろうが電車の中だろうが、どこであっても騒がしい大阪と、同じ日本でありながらなぜこうも違うものか。競うようにして声を張り上げて話し、どんな場所であっても手をたたいて大笑いする。こんな様子を他の地域の人に見られたら、大阪は品がないと思われても仕方ないと思う。東京の飲食店で、隣の客が騒がしいなと思ったら大阪弁だった。本当に恥さらしだ。
あと、気が短く、平気でルール無視をする人が多い。私が横断歩道の前で信号待ちをしていると、信号無視して向かいから自転車で突っ込んできたじーさんから、邪魔だと言わんばかりに舌打ちされたり、毒づかれたりするとんでもない街である。
人通りの多い都心部であっても、平気で歩きタバコするわポイ捨てするわ。どれだけ小洒落た建物を作ったり街を整備したりしたところで、住民の気質がコレなので街全体が汚い。
関西弁イントネーションで話していると、どうしても『大阪の人間』と一括りにされがちだが、私は奈良出身だと必ず訂正する。何もない奈良に愛着があるわけではないが、大阪よりはマシだ。
世の中にはこんな大阪人がいるということも、知ってもらいたい。そして大阪人には、もう少し前に出ることばかりでなく、引くことも覚えてほしい。大阪の中にいると皆が前へ前へと出るのが普通でも、他所では周りの人に引かれて悪目立ちするよ。もう少し大阪がお上品な街になってほしい。というか、さっさと引っ越したい…泣
嫌いな人
誰にだって嫌いな人の一人や二人は、必ずいるだろう。
多くの場合、その『嫌いな人』とは、『関わった人全員から嫌われる特定の嫌われ者』というわけではなく、人それぞれに嫌いだと感じる対象の人間は異なる。自分にとってはめちゃくちゃ嫌いな奴であっても、他の人からすれば良い人かもしれないし、恋人がいたり結婚していたりするかもしれない。「あんなクソみたいな人間にも、家族や友人がいるのか~不思議だなぁ。」と思ったことはないだろうか?
そこで、なぜ自分はその人間を『嫌い』だと感じてしまうのか、『嫌い』までいかずとも、『苦手』くらいの感情も含めて考えてみた。
①相手が自分に対して、明らかに悪意のある行動・態度をとる場合
これは、嫌いになって当然だろう。悪口や嫌がらせをしてくるような相手でも、嫌いにならない人というは、よほど鈍感か悟っているか無理してるのだろう。悪意ある行動や態度をとってくる奴には、「こいつほんま腹立つわ!」ってなるのが普通。
個人的な繋がりであれば、そんな奴とは関わらなければいいだけの話だが、仕事やコミュニティ間での人付き合いとなると、そういう訳にはいかない。そういった問題に悩む人たちがきっと、某知恵袋とかなんちゃら小町でとかで相談するのだろう。
②自分にとって、不快だと感じる行動・態度をとる場合
例えば、声が大きい人がいたとする。私は騒がしい人間が嫌いなので、「こいつ音量調節機能壊れてるんかな?」と、嫌悪感を抱いてしまう。しかし一方で、「全然気にならなかった」「ボソボソ話すより元気があっていいじゃない」と感じる人もいるだろう。
受け取り方は人それぞれ。神経質な人や被害妄想の激しい人などは、『嫌いな人』をたくさん作ってしまいがちかもしれない。
私自身の場合はどうだろうか。①はわずかばかりいるが、できるだけ関わらないようにしているので、そこまで気には留めていない。なぜ私が嫌な態度をとられなければならないのか考えたところ、私にも確かに原因はある。
恋愛絡みのいざこざ以外の場合、『嫌い』という感情が生まれる対象は、大体が同性になるだろう。特に女の場合は嫉妬とか承認欲求とか、めんどくさい感情を持っている人が多い。私はそういうのが苦手なので、極力ネチネチしてそうな人間とは関わらないようにしている。どうやら、自分の話を誰かれ構わず話したがる類の女は、仕事以外のつまらん話はするなと言わんばかりに壁を作る私に対して、「何お高く止まってんの?」と感じるのだろう。(知らんけど)
その女は次第に、自分のミスそっちのけで私の粗探しをするようになった。ミスという程のことでなくとも話を盛って、鬼の首を取ったかのように上司に告発する肉塊女。今まではただの面倒くさそうな女としか思っていなかったけれども、ここまでされたらさすがに嫌いになる。とはいえ肉塊ぐらいに思っていれば、もはや嫌いな”人”ですらない。いやいや。私は肉が大好物だけれども、こんな脂身ばかりの肉は肉にあらず!肉に失礼だ。あれ、なんか話が脱線してる。
途中からただの悪口になってしまったな。まあとにかく、そんな肉塊にも彼氏がいるというのがあまりにも衝撃だったので、この記事を書いたというのが本音でございます。本当は②についても書きたかったけど、なんかもういいや。
『三毒史』感想
早速ダウンロードして、出勤時間にさらっと全曲聴いてみました。中でも特にお気に入り2曲の感想を。
1『鶏と蛇と豚』
お経で曲が始まった瞬間、「この曲好きだわ」と確信。曲としては短めだけど、やっぱりこういう系の曲は好きだなぁ。サビが一回しかない曲の、『そろそろサビくるぞ感』はゾクゾクする。オーケストラサウンドのラスボス感がツボ。
そしてこの曲はMVが本当に素晴らしい。AYA SATOさんが鶏と蛇と豚を一人三役で演じていらっしゃいます。一秒たりとも目が離せない。
あと、東京のいろんなオブジェを見に行きたくなりました。林檎さんの曲を聴いていると、この歳でも東京に思いを馳せてしまいますね。
鶏・蛇・豚は、仏教で最も克服すべき三つの煩悩の象徴=三毒だそうです。
3『マ・シェリ』
その名の通り資生堂マシェリのCM曲。めちゃくちゃ好みです、この曲。やはり王道なバンドサウンドの曲よりも、斎藤ネコさんアレンジの曲が好きだなぁ。
CMに使われていた部分は冒頭のフランス語部分で、その後は曲調が変わり日本語詞になります。フランス語は気怠く退廃的なイメージがあるから、林檎さんに合わない訳がない。昔は『黒いオルフェ』を聴きまくっていたな。
フランス語部分もいいんだけど、この曲はやっぱり日本語詞のサビが最高。動詞の単語を羅列する、歌詞のリズム感がなんともエロい。『宗教』のサビもまた然り。
あと、なんといってもサビの鍵盤の入れ方がたまらん。「あー!私が求めてるやつ、これだ!」って。「この曲のこのフレーズ、こうしたら私の好みなんだけどな~」みたいなのって、誰でもあると思うんです。それが理想通りに展開した時の快感を、この曲で久々に味わいました。本当にありがとうございます。
ちなみにMA CHERIEは最愛の人という意味だそうな。かわいい。
序盤の二曲が素晴らしすぎて、まだ他の曲をきちんと聴けていません。特に『マ・シェリ』は、一日で一体何回聞いただろうかというくらいリピートしていました。これからじっくり、他の曲も堪能したいと思います。
はじめまして
べすこといいます。独身31歳一人暮らしで会社員をしています。
確実に老いて死に近付いていく我が身を憂いつつも、そこそこ楽しく生きています。
私の行動原理は、一次的欲求によるところがほとんどです。
日本に生まれて、それなりの生活が出来ているだけで有難いなと思います。
好きなものは、
美味しい食べ物・干したての布団・ゆったりした時間・静かな場所・美しいモノ・良い音楽などです。
普段あまり他人に自分のことを話さないせいで、自分が何者なのかよくわからなくなる時があります。
なので、多少アウトプットすることも必要だと思い、ブログを始めてみました。
気が向いた時に、書きたいことを書くと思います。